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ためらいの日々 [黄昏に向かって]

「老いとは案外いいものなのかも知れない!」ふと思うことがあります。理由はいろいろありますが、一言で表現すると、開き直れることへのためらいが薄れてきたからです。
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すこし前までは他人の目に映る自分をとても大切に考え、四方八方に気を使っていました。しかしその割に世間からの理解は薄かった気がします。しかし最近は案外言いたいことははっきり言っていますが、その割に周囲は寛大です。なに故?そう思うたびに喜んだりがっかりしたり。
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ということは、いくら私が頑張ってみても年齢は顔にも歩き方にも声にも、勿論目の輝きや顔や首筋にも。なんと言ったって人間家業を初めてから干支を幾周りしたことか。しかし今でも長い髪をしている私。手入れが大変なのに、その髪を気にする人もいるわけではないのに。しかし女という唯一の証のように髪を切らない私。夜中に出会ったら、妖怪って言われるかも知れない…。
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でも案外その感覚が嬉しい私です。真面目に誠実に生きてきてでも気が付けば一人。誰からも文句も言われないし自由だし。しかし何かがあったって、助けては貰えないしきっと。そんな風にすべてが開き直って暮らせるのも今の年齢になったからでしょうか?
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老老介護が普通になる時代に突入した今、介護してもらう側にもする側にもなれない私、結局枯れるように生きる事が唯一の望みです。そのために今以上に歌って歌って、体も頭も動かし続けることになんのためらいもありません。そう枯れるように、その日まで…。

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たまには喧嘩もいいのに。 [黄昏に向かって]

週末は久しぶりの2連休。本当は散らかし放題の部屋の掃除をしたいところですが、大切な健康食品を受け取りに出向きます。いつも届けて頂くのですが、今日は久しぶりに私の方からまいりました。さて、約束の12時すこし前に着いた私、思い出の駅を降りて駅舎を背にして歩き始めました。

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昨日の打ち合わせでは、目的のセブンイレブンは大通りの左側、彼女の車を、その駐車場に止めるそうです。この町には沢山の思い出が、知人のOさんの住む町、Oさんはかつての職場の先輩、去年曾孫さが生まれたと聞き、できたら帰りに寄ってみたいとも思っていました。
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目的のセブンイレブンになかなか着かないので向こうからくる若い男性に聞きました。するとあと少しの所とわかりました。その時M子さんからのメール。「すこし遅れるから椅子の所で調整していてください。」との事。なるほど椅子はありました。店のなかにカウンタ-式のコヒースタンドが。椅子は3個ありました。ここに座って15分ぐらいしたときに、電話がはいりました。
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「何処にいるの?」「えっセブンイレブンのなかで、言われた通り腰かけてまっているけど」。そういう私に「さっき覗いたっていないじゃないの、どこの駅にいるの?」「勿論高坂よ」。そんな問答を続ける私たち。
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その後待ち合わせ場所は駅の逆側とわかり、またテクテク戻る私。そしてまた電話。「何処にいるの」私「今歩いているの、駅舎が見えてきたからもうすぐね」。そしてやっと東口へ出ました。ところは駅舎の目の前は線路と平行に走る6M道路、セブンイレブンは見えません。仕方なく電話。すると私の姿が相手から見えないとの事。???困惑する私。
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そういえば目の前の道路から直角に走る細い道がやや左に見えます。そうかあそこの道を曲がればいいのか、そう思って曲がる私、いましたいました電話片手の彼女が視野にはいりました。やれやれ。打ち合わせでは、駅からの真直ぐな大通りがあり、そこを少し歩いた左側だった筈なのに。でも会えたのだからと。
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その時彼女の携帯が。そこで20分ぐらい車の中で待つ羽目になった私。今日はなんという日!さすがにちょっとむくれ気味。しかし相手はもっと重症、殆ど口を利きません。「やれやれもう帰りたい」と本気で思いました。しかし食事が運ばれカキフライを食べてゆくうちに2人ともすっかり上機嫌に。それから約3時間、話の花がさいて午後5時にお開きに。
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帰宅後はカメラを開く気力も失せて爆睡、今日も今日とて、次回の出張講座でつかう音源の録音に駅前のカラオケ店へ。しかしなんとなんと私の借りたブースには録音設備のない部屋。勿論予約してあったのですが。2日連続のアクシデントにもう温かいお風呂にゆっくりつかりたい私です。しかし勘違い、間違いはよくあること。私は今回に限りですが、あまり腹が立ちませんでした。昨日の小さな散歩がとても気に入ったからです。もう一度、ゆったりと時が流れるようなあの町へ、秋を探しに行こうかと思うほどです。
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いつも口ずさむ、あの歌 [夢半ば]

何故なのでしょうか? 少しばかり悲しい日ちょっとおセンチになった夜、何故か思い出すあの歌。
うたの出だしはこうです。♪あなたとふたりできたおかは みなとの…♪ 確かこうだったと。調べてみると1947年リリースされた戦後初めてのヒット曲とありました。歌手は平野愛子さん。なんと私がまだ幼児だった頃の歌、そして歌手は平野愛子さんという方。実は亡母も愛子と申します。
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どうしてこの曲が好きなのか?全く記憶が無いはずなのに。それなのに私の心の中にある『歌への原点』に思えるのです。父が1948年に亡くなっていますので、父が歌っていたのでしょうかあ? 今でもこの歌に憧れています。 大人になったら絶対に歌おう! そんな風に思ったまま今日に至りました。

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さて、女の心はいつも揺れている。最近それは私ばかりではないと知り少しほっとしました。しかし最近の私、やっぱり薄幸な女性なのだ、そう思ったりもします。冷静に己を眺めれば不幸などと言ったらバチが当たりますね。でも私、いつもどこかに愛を追い求めて生きてきた気がします。あんな大きな母の愛も祖母の愛も、父の愛だってきっと深かったと思います。それなのに…。
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残り少なくなった己が人生ですが、最後まで愛ある暮らしを願います。やはり愛のない生活は無味乾燥です。私の思う愛とは、『思いやり』。家族でも友人でも社会でも、小さな思いやりが欲しい私です。しかし今の風潮は思いやりという言葉さえ、紙の様に空を舞うだけ。いろいろな考え方があると思いますが、孤独は命を縮める気がします。
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歌の話からとんだ話題に…。まだまだ人生の修業がたらない私、自分自身の他人への思いやり、いったいどうなっているのか、一度しっかり考えてみたいと思います。では今夜はこれで、おやすみなさい。

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私やっぱりエトランゼ [黄昏に向かって]

今年も川越祭りがやってきました。10月15日、16日と続くこのお祭り、2日という時間では見切れないくらい見どころ満載です。ところが私、川越在住40年、しかも今は町内に山車もある街に住んでいるのに、なぜかこの時期とても寂しいのです。
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昔のことを言うと鬼が笑うのですよね、でもやっぱりお祭りは幼児の頃に住んでいた文京区音羽のお祭り、そして小学生から33歳まで住んでいた早稲田鶴巻町のお祭りが今でも目に浮かびます。5~6歳までは山車を曳きました。10歳の頃はもう山車は曳きませんでしたが。ともかくどちらもお神輿が大好きでした。特に早稲田の頃は、神楽坂からの芸者衆の女神輿にあこがれ、大きくなったらお姉さんたちのようにもろ肌をぬいで、あのお神輿に登ってみたいなどと思ったりしました。でも私実際は運動神経の鈍い子供でしたけど。
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そして33歳で初めて川越祭りに逢いました。闇の中で曳きかわせを見物しました。あれから40年の歳月が経って、今はぽつねんと川越祭りを見ています、人混みのなかをダダもくもくと歩きながら。周囲の屋台や行き交う人の話声など耳にしながらだた歩きます。この雰囲気は好きだけど、でも違う、何かが違うのです。そう心にある祭りの響きとはまた違うのです。去年から町内に山車がある旧市内に転居しとても充実した日々を送っているのに、なかなかそこに溶け込めない自分が不甲斐ないとも思います。昼も夜も賑わう祭りの華やぎの中に身を置くとき、『私はやっぱりエトランゼ』と案外意固地な私がいるのでしょうか。    
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運命の赤いカメラ [黄昏に向かって]

小さなデジカメ、たった一つの夫の遺品です。30年も暮らしたのに、私の部屋には夫を忍ぶものは全くありません。転居もありましたが、むしろ私が全て捨てたのです。残したくなかった、いいえ彼を許せなかったからです。
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あれから4年、偶然見つけた赤いデジカメが実際はその後の私を救ったのでした。夫の通夜の朝、偶然見つけた赤いカメラ、どうしようもない不安な心でいた私は、そのカメラをもって家の前の公園にゆき草むらで虫を撮りました。
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その後、カメラの中に夫が撮った私の写真を見つけました。最初は操作すらおぼつかなかった私ですが、毎日毎日朝から晩まで撮り続けるうちにいつしか写真を撮ることにすっかり魅了されてしまいました。本来は、一人で家にいるのが怖かったのための逃避だったのですが、朝になるのが待ち遠しいくらいカメラに熱中しました。
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咲く花も、そこに集まる蝶たちも。空を飛ぶ鳥たちさえも私は追いかけて撮ろうと思いました。ここに転居してからは殆ど撮れません。すこし歩けばいくらでも題材はあるのに、なぜかとる気力が失せてしまったようです。
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何故なのか、今はわかりません。でももしかしたらまた撮りたくなる筈だと思います。今はあることが心を占めているからだと思っています。それは私の『歌』がまだまだ未熟な為に、内なる心が己を責めているから。どうしょうもないほど心の中で葛藤を繰り返しています。
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歌うほどに、まだこれで好い訳はない、まだまだ先がある筈だと思うのです。掴めそうで掴めないそう陽炎のようにゆらゆらと、それは見え隠れ。でもいつかきっと捕まえてみせよう~。そう思って切れそうな気力を振り絞っています。
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遠い道 [歌人生]

2011.10..20の写真です。和紙の町小川町にある某会館、そこで行われるカラオケ大会のゲストの日でした。2009年のデビューから丁度2年目。その夏にはテレビで早朝の歌番組に出演。カッブリングの『何処へ行ったの日本の心』という曲をフルコーラスで歌っての出演でした。(スタジオで撮ったVTRですが一カ月続きました。)そんなこともあり近隣のカラオケ大会などからは出演依頼をして頂きました。
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私もかつてはあちらこちらのカラオケ大会に出場して、審査員の先生方から頂く審査表(コメント入り)に一喜一憂したものです。その日も会場に着いたものの出番まで時間があったので、外に出て目の前に広がる綺麗な公園を見ながら秋を楽しいでいました。お化粧などはすませていましたが、ステージ衣装はまだです。でも新調したシューズは足慣らしのためにすでに履いています。ステージで滑らないように足慣らし。
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その日の写真、何故か私の後ろにドレスが2枚飾られています。じつはこれ景品なのです。偶然にもその日の衣装と同じような色合いがあり、後で写真だけを見た方からは「ドレスのモデルさんで出たの?」なんて聞かれてそましました。
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それにしてもたった5年前のことなのに、本当に遠い遠い昔のような気がします。その後押し寄せるまるで業火のような世間の辛さ。過ぎ去ってみればそれもこれも愛しき我が人生です。(今日の写真は上から出番前[→]ステージ立ち姿[→]スタージ・アップ)まさに悔いのない人生の一コマ。
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若しかして、あっ錯覚の人生。 [青春の残像]

夏かと見まごう午後の太陽、朝のニュースで熱中症への注意を促していたが、まさに起きてもおかしくない程暑い一日。でもでも暦は間違いなく10月4日、これでは体調が狂っても仕方がないですね。昼下がりの教室はかなり気温が上がって何時もの様に夕方まで冷房のお世話に。
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午後5時を過ぎて一人になった私、あれやこれやと行動を起こしてみました。壁には沢山のCDと10冊ほどのファイル。譜面がぎしりと、気が付いてみれば随分買い揃えました。新曲や多い中に、古い曲もすこしあります。すべてを覚えているわけではありませんが、懐かしい歌を自然に口ずさんでいる私が、時々います。
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気が付けば、あれからもう34年。何の事かと申しますと、結婚してからです。二度目の結婚ですが。知り合って間もなく一緒になりました。理由は離婚から10年ほどたっていたので、そろそろ老後の生活を考えての事でした。でも亡夫は、“私の歌に心を惹かれた”というのが理由でした。しかし今思えばそんな筈はないとも思います。
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ともかく39歳にして二度目の結婚をした私、その日から彼を送った日まで、ずっと働き続けていました。仕事が大好きでしたから。不動産建築畑です。当時の私は、とも白髪になって平凡な老後を暮らす予定でした。しかしその夢は潰えてしまいました。人生とはまったく予期しないことばかりが起きるものです。
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私は薄情なのかなぁ~とよく思います。30年に及ぶ結婚生活だったのに、その後、一度も夢も見ませんし、今は悲しみもありません。しかしその歳月の中で得たもの、それは案外貴重な経験でした。歌手になれと促して応援してくれたのも亡夫でした。そして沢山のエピソードを残した二人の暮らしの中で、私はいつの間にか生きる力も身に着けていたようです。
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体も小さくひ弱に育った私、今日の様に長生きしている自分を想像したこともありません。きっと自分の方が先に逝く、本当にそう思っていました。一時髄膜腫とかいう病名を告げられたことがありました。もう10年以上も前のことです。しかし今も何の障りなく生きています。
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この道がどこまで続くか、誰にも分りません。しかし生きている以上は夢を持ち続けたいものです。大きな舞台はもう踏めないでしょう。目にも、足にも少しずつですが、異常が。ですが、これでいいのだと思っています。
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知人のY子さんとよく話すのですが、最期まで自分の力で生きていたい! そう二人とも考えています。 そのためにはまずは健康で仕事があること。それからいつまでも夢を見続けること。そこで来年からまた以前のように、小さな小さなライブを開催したいのです。お客様は20名ぐらいで充分。今までに覚えた歌、大好きな歌とお話で。小さなライブハウスか、近所になるTホテルのバールームなんか素敵でしょうね。そんな空想しながら、今日も夜が更けてきました。


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演歌って、演歌って…。 [演歌人生]

若い頃、そう十代の終わりのころはよく深夜放送を聞いていました。部屋の真ん中に大きな柱がある私の部屋、当時の下宿屋は殆どが3畳一間です。今考えれば随分生意気な娘でした。その部屋になかで毎晩12時、1時までは起きていた私。「みやこちゃん、早く寝なさい!」ドアの外で母が声掛けをします。母は勉強していると思っていたのです。しかし私、大概ラジオを聴いていました。殆どが軽音楽、クラシックはありませんでした。
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そんな時代はもう遥か遥か彼方。でもあのころの何とも言えない、未知へのあこがれのような想い、今でもわかる気がします。歳はとっても、案外人の本質は変わってないのでしょうか、それとも私だけが成長していない?(笑)
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さて今日の本題は演歌って、です。この場合、演歌に属する歌そのものではなく、私の人生って、本当に演歌のようだからなのです。3歳で父を失い母・祖母・私の三代の女だけで17歳まで暮らしました。私とは似ても似つかない美人の母、映画のニューフェイスにも受かったというハンサムな父、本当ですよ(笑)の間に生まれた私、男の子のような女の子でした。
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これが、私の宿命だったのです。父のいない子はやっぱり苛められました。私が6歳ごろ私たちは早稲田に引っ越したのです。しかし引っ越しから1年ぐらいの間、祖母と私はその家を朝から夕方までよく空けていました。音羽にある映画館で時間を過ごしていたのでした。今思えば母の大切な人との時間だったのですね。そのお蔭で私は何不自由なく暮らせました。
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音羽から早稲田へ、新しい家は庭も広く、私はぐるりと板塀で囲まれたこの庭で遊んでいました。コスモス、あやめなどが印象に残っています。大きな井戸もありました。その家で祖母と暮らせたのは17歳まで。生まれてからいつも一緒だった祖母は73歳であっけなく他界。大きな支えを失った気分で、思春期の私は母への抵抗が強くなり始め学校から帰ると家業は手伝わず、急いでバスに乗り渋谷に出ます。そして初めて知った社交ダンスの味。その後数年間は、青春のすべてをかけました。
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20歳過ぎても、私の母への反抗は収まらず、近所のテラーで高額な洋服をオーダーしたり、銀座でチャイナ服を注文したり、西銀座で輸入物のハイヒールを買ったりと、私が親なら、家から追い出したいと思ったに違いありません。しかしそんな愚かな行為でしたが、その経験は今となっては貴重です。その後の生活に大いに役立ちました。
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ここからは初めての失恋、即断即決の結婚等々面白い話が沢山ありますが、いずれにしても破天荒な青春でした。そして歌との出会い。そのお話しはまたいつかさせて下さいね。では今夜はこの辺で、皆さまお休みなさい。読んでくださってありがとうございます。
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