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夏が往くとき [夢半ば]

秋になると思い出すことがあります。それは落ち葉にまつわる話。その時の話を始めるときっと涙が溢れて止まらないと思います。どちらも儚くてこの手から零れ落ちそうな思い出です。
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その一つは幼児だった頃の話。もう一つは…内緒、内緒。どちらも抜群のロケーションがそこにはあります。まず一つ目は文京区にある護国寺の境内。確か音羽ゆりかご会が傍にありその歌声を聴きながら落ち葉を日が暮れる頃まで一人集めていた気がします。
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私が4歳から通っていた音羽幼稚園も同じ敷地内にありました。また家から護国寺へ進むますぐな並木道(音羽通)には都電が走り、秋には色づいた銀杏の葉が風に舞い、まさに昭和がありました。私はその道を毎朝、幼稚園のある護国寺に向かって歩きます。思い出の街と思いでの景色は今も褪せません。
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そして私が再び銀杏並木にてあったのは今から十数年前になります。その日は埼京線沿線のとある料亭で催される薪能の夕べに行く事になった私、知人とは現地で待ち合わせて出掛けました。駅に近い美術館、その裏手に広がる閑静な住宅街を貫く銀杏並木。すこし肌寒くなった頃の夕暮れは行交う人もなく、ちょっと不安になった私、しかしそのロケーションの素晴らしさと、ほんのすこしの後ろめたさで気が付けば私は足早に坂を上っていました。
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目的地の料亭は大正ロマンの趣のあるお店。お庭に組まれた能舞台にすっかり酔いしれた私。舞台が佳境になったときそのとき一陣の風が吹き、熟した柿の実がポトリと舞台へこぼれました。しびれてた足を気にして立てなかった私に、ふと手を差し伸べてくれた遠い人。ただこれだけの思い出なのに…。
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秋の夜長に思い出すのはやっぱり麗しい幼い日々と、二度と帰らない不惑の恋、そしてそれは最後の片思い。時は流れ並木道にも殆ど出会うことが無くなりました。でも私は今も並木道が好きです。人生のの黄昏に思い出す一コマ一コマには、あの日々の少しだけ切ない思い出があるから『我が人生に悔いは無し』と言い切れる気が致します。




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命が燃える時 [夢半ば]

久しぶりの投稿になってしまいました。今回は病気ではないのですが、ある事に集中していました。金曜日まではやっとの思いで職場に向かっていたのに、土日になったら不思議なくらい元気になりました。その理由は目標が見つかったからなのです。その目標のお蔭て土曜日の私はやる気満々。朝から掃除に洗濯いつも重いと感じる生ごみまでが軽く始末できます。
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兎に角一分でも一秒でも早く始めたいからです。何を始めたいのかと言えば、今のところは一番好きな趣味の小冊子づくりです。編集はインターネットで。製本はプロに頼みます。大きさによって金額が違うので、一冊2000円程度のものにしています。
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以前は選びきれない程の写真が貯まっていましたが、ここ5年くらいは私が撮った生き物達の写真集です。今回はA5判で24ページ。レイアウトは『おまかせ』もありますが、私は自分であれこれ考えるのが楽しみなので、じっくり時間をかけて作ります。今回は『秋』がテーマです。以前住んでいた家の前の公園に集まる小動物、猫も鳥も虫も全部あります。2012年から2015年迄。私がこの街に移転するまでの分です。
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何度か此のブログでも書かせて頂きましたが、ある日突然一人になりました。その後の3年間は生と死の間を彷徨ったほどの辛い人生。しかし私は自らこの世を捨てる事はしませんでした。その理由は母が残した家を守る事です。夫の突然の死は辛かったけれど人間社会での生き方も学びました。今穏やかに暮らせるのもその時の教訓をしっかり身に就けたからだと思っています。挫けない強い心を持てたつもりでした。しかしこの夏。なんだか無性に哀しくなる自分に驚きました。
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何の不満も不安もない筈なのにそれでも涙がすぐでます。また次第に声も出にくくなり外出も嫌になりました。11月からは仕事が更に忙しくなるのに。こんなケースは初めてでした。
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認知症になってしまったの? 自問自答を幾たびもしてみました。そうこうしている内にあることに気が付きました。そう言えば最近、何も新しい事を初めていませんでした。洋裁、手芸、料理、ダンス、お習字、文章教室等々。英会話も出来たら嬉しいです。しかし今はまだまだ経済的な余裕はありません。そんな訳で、私の好奇心が眠ったままだったのです。
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その時ふと思い出したのです。愛猫が昨年亡くなって以来すっかり止めていた『小冊子』づくり。費用も少額で済みますし、楽しい時間が持てます。
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でも難点が一つ。それは時間が掛るという事です。現在は週1回の休みが月に2回、週2回の休みが月2回です。写真集は内容にもよりますが、私の場合、約3日は掛かります。
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ようやく目標が決まった私、もう嬉しくて嬉しくて興奮しました。そのおかげで洗濯も掃除も直ぐに片付き、多くの時間が執れる事に。100枚以上ある画像CDから使いたい画像を選び、インターネット経由で写真集の作成。全てのページに絵と文章が治まったのは本日の11時。通算して30時間はPCに向かい合っていました。
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その間は頭痛も眩暈もなく、視野もそんなに悪くない程、PCとにらめっこ。食事もしっかり取り、甘いものは体に良くないと控えました。そうしてPCの編集は完了。来月中旬には製本された写真集が2冊届きます。そんな訳で集中出来る目標が定まると、私の心からすべての憂さが消えるのでした。その時、私の命の火は赤々と燃え、歳を忘れて、時間も忘れて人生を謳歌できるのです。






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曼殊沙華 [夢半ば]

教室に響くあの歌、昔、むかしに私が口ずさんだあの歌です。♪赤い花なら曼殊沙華、阿蘭陀屋敷に雨が…この長崎物語を聴くと何故かとても切なくなるのです。
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教室の通信カラオケで長崎物語を送信すると長崎の名所、グラバー邸や興福寺が映し出されます。このシーンで私の目はいつも釘づけ。グラバー邸へは19歳の時に母と訪ねました。そしてもう一つの興福寺へも母と。興福寺山門を降りたところにタバコを商う店があった気がするのですが。昭和37.8年の頃です。この山門の前が父の実家でした。
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若い時分の父は長崎を出て東京のおじさんの家に寄宿していたそうです。母が九段の女学校を出て働いた丸ビルの喫茶店で知り合った二人、私の名前、都(みやこ)はそんな理由で付けられてそうです。父は母と私を連れて長崎に戻りたかったようです。
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その長崎のをテーマにした長崎物語。哀愁あるメロディーが今でも『父恋し』の私の心に響きます。赤い~花なら曼殊沙華、オランダ屋敷に雨が…。
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その心は深い海のような [夢半ば]

月に2回ある連休、今回は大事な2日間が仕事で終わってしいました。しかしとても大きな収穫もありました。そして気が付けば前にも増してやる気が充分な自分がいました。
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実は数か月前から喉と胸の痛み。「ひょっとして」「もしかして」等々の不安が募っていました。そんな中での休日は大事なのですが、生憎覚えなければならない曲が多すぎて休んでいられない状態に。仕事があることは嬉しい事なので休日返上で頑張ることにしました。
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そう言えば最近は大汗をかく程の自主トレをあまりしていませんでした。5年程以前には色々の出番もあり、その為の体力づくりや歌のトレーニングも常に心掛けていました。しかし今はすこし事情が違うのです。昼間のレッスンだけで、それ以外は出来るだけ休養に当てていた私。体がこれ以上酷くならないための休養でした。
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それに頑張ってようやくここまで来たら、気が付けば近所には同業者が集結していました。色々な手口で私の聖域を犯し始めています。競争社会ですから仕方がない事は承知していても具体的な事実を知ると私の心はざわめきます。その結果、心臓がドキドキして頭痛が収まらず、胃の調子も悪くなり、眠れなくなりました。
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それでも指を咥えて時を待つのは嫌いな私、何らかの手を打とうと悪戦苦闘の日々。私にはどうして正義の味方が現れないのと、さめざめ泣いても何事も起こりません。仕方なくまたスタートの初心に戻って出来る事からコツコツと。
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そんな日々が続いた今日、例によってあまり調子の出ない私、その時ある言葉を思い出したのです。そう、あのキーワード、あれは若しかして恩師T先生の秘伝?そう思ってしまった私。そうなったらもう無我夢中、手応えあるまで歌い続けました。
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いつの間にか夕方になっていました。生徒さんへのレッスン曲や、昔の歌、自分のオリジナル曲、大好きなコーちゃん(越路吹雪さん)の曲、父の故郷長崎を忍んで『唐街雨情』も歌いました。そして難関の曲に差し掛かりました。この曲はかなり高音域の多い曲今日でした。
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ところが、どうしたのでしょうか、案外苦労せずに何とか歌えてビックリ。思ったより低いのかしら?と思っては見たのですが。しばらく考えていた私、突然閃いたのです。そうか、若しかしたら、これがT先生の仰ったなぞなぞのような言葉。この現象があれなのかも知れないと。
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大空に向かって気持ちよく歌っている自分がいて、その心は深い海のような静かな状態でした。今までの自分が嘘のような境地でした。俄かには信じがたい話ですが、私はこう思います。このインスピレーションの先にあるものそれが、無我の境地、これこそが歌の本質なのではと。(だったら嬉しいのですが)


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彷徨い、そして彷徨う。 [夢半ば]

秋の虫たちが鳴きだしました。あんなに暑くあんなに大暴れしたこの夏のお天気。なのに秋は必ずやってくるのですね。(一枚目に写真は2012年8月9日に見つけた羽化直後のセミ。この年8月25日は夫の通夜になりました。)
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あと五つ寝ると誕生日を迎える私、いまかなり動揺しています。周囲からは逞しく生きている、そう思われているのですが、自分ではそうは思いません。(2枚目は翌年2013年6月30日の公園です)
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真実を言えば、「本当に私、生きていていいのかしら?」こんな思いに始終苛まれます。自信過剰と言われるかも知れませんが、自分の非力さに愕然と。もっと力強く生きられると過信していました。(3枚目、これも翌年2013年7月11日の公園、青空をバックに木槿の花。)
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それが今になって行末が恐ろしいのです。いろいろ失敗もあった人生だったけれどいつでも強く立ち直れた筈なのに…。自問自答の毎日がもう一月続きます。(4枚目の写真は人生最大の激動の嵐が吹き荒れた2013.09.28日、夏の終わりを惜しむ蝶たちと、真剣に向き合っていたころです)
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身近な目標も、長期の目標もあるのに、今回だけは何故か叶う気がしません。努力しようという気持ちがあっても、何故か空気が読めなくなったり、行動に躊躇する自分がいます。情けない!恥ずかしい!もう駄目なのかも知れない!(5枚目は2013.9月.22日 この写真は私が好きな写真のベスト10に入ります。お滑り台は竪穴住居風です)
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全て経済力の無さにあるのかも知れません。思ったことの殆どを諦める事もしばしばで、世間にも不義理をしています。人の情けが恋しい自分に戸惑います。自分はこんなに非力だったのか? こんなに役に立たない人間だったのかと。(6枚目になります。この写真は2014.10.08に撮ったものです。カマキリにみた生命力。一人暮しの苦悩がますます高まった頃、孤立に苛まれめ、生きた心地のない日々、ただ救いは公園の生き物たちでした)
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人生を甘く見ていた?いいえ、いつでも努力を惜しまず真っすぐに生きてきたつもりでした。ただ母親には随分迷惑かけました。しかし何があっても人生を諦めずに生きてこられた筈でした。(7枚目、これも同年2014.10.02秋の訪れに乱れ作咲くキバナコスモス、蝶たちも忙しく飛び回っていました。私も初めて『ひもじい』という感覚を知った頃です)
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あれはあの幸せは幻だったのかしら? 勿論いまだって幸せには違いないのです。しかしどうしても『心がむずがる』のです。そして出口のない迷路を彷徨し始めました。(8枚目、この写真2013.6.24撮ったものです。黄色く光るもの、正体不明。蜘蛛かとも思うのですが、かなりの光です。また左右縦横へ移動します)
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昔ある方に言われたことがあります。「考えすぎるから、また迷路に入ってしまったね!」と。そう指摘されたときはショクでした。しかしそのお蔭で、その後は穏やかに生きられるようになっていた筈でした。(9枚目の写真は2014.03.16撮影、生きる事への絶望も頂点になったその頃、偶然撮れたこの一枚、幸せへの予感にすこしお洒落させて部屋に飾ってみました。)
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さて明後日は夫が亡くなって5年になります。市営斎場の順番待ちで、葬儀は私のお誕生日と同じ25日になりましたが。病気と分かって1年、入院して2日目。最後の最後まで私に気を使い「ごめんね、ごめんね」と謝りながら夫は逝きました。何かと戦ているような様子もみられとても辛い別れでした。(10枚目になります。2015.0316 公園のハーブです。この年、私の運命が大きく変わります。一枚一枚薄皮を剥ぐように悲しみが遠のいて行きました。)
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そして2017年の夏がまたやって来ました。平穏な日々です。辛いことは一つもありません。ようやく遠い灯りも見え始めて来たところでした。なのに、どうしてまた迷路を彷徨う私なのでしょうか。自分で自分が歯がゆいです。しかし胸の内にあるずしんと重い『将来への不安』言い換えれば『老後への不安』は否めません。解決などないのですものね。今度もまた時の流れに委ねるしかないのでしょうね。私もそれが一番だと思います。                                  最後までお読み頂きありがとうございました。
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他愛のない話 [夢半ば]

今朝の事です。庭に動く黒い影、「あっ、去年の蝶!」と思わず叫ぶ私。黒い蝶は地面すれすれに飛び交いながら止まる場所を見つけているようでした。これと同じシーンは4年程前にも見たことがあります。
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何故地面近くで飛ぶのか調べてみたら、給水行動で体温調整と栄養成分補給とありました。自然界はとても不思議ですね。
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蝶と言えば私が写真に夢中になったのも、家の前にあった公園で見つけた昆虫や蝶々との出逢い、いい写真を撮りたいと日々観察しているうちに、すっかり彼らの虜に。そして出来上がった写真をブログに乗せてみました。未知への挑戦。私の好奇心が留まることを忘れたくらい、ファンタジックな動植物たち。
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夫の急逝が8月でしたからすぐに写真を始めたことになります。いろいろあったあの頃、まさに『初めての一人暮らし』でした。不安と恐怖と絶望。これらを乗り越えられたのは実は写真だったのです。朝から夕方まで家の前の公園で撮り続けました。周囲は私を見て怒ったり笑ったり。しかしいい出会いもありました。
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そしてあれから気が付けば5年の歳月がながれ、私もいつの間にか髪には白い物が目立つ年齢になりました。『もう人生は十分味わった』そう思うこともしばしばありますが、まだ残した事が幾つかあります。叶わぬとも夢に向かって黙々と写真を撮り続けたあの日の情熱を思い出して、これからも生きる事に決めました。
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内緒ですが、夢の一つは…、二つ目の夢は私の庭を四季の花々が咲き乱れる庭にしたい。そしてここに来る蝶や鳥や猫達の写真をもう一回撮り続けたい。他愛のない話ですが、案外真剣です。
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汗と空 [夢半ば]

気持ちの良い夏の午後、うだるような暑さ。でも私エアコンは入れません。家じゅうの窓をすべて開け、首の後ろにはタオルに包んだ氷を載せます。とても爽快です。月2回の連休ですからしておきたい作業は山ほどありますが、心の休養も大切なので気儘に過ごしています。
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それでも洗濯は大好きです。コンパクトながら馬力のある洗濯機で2回ほど洗濯して縁側の端から端までの洗濯物を干します。縁先から10メートルほど先に2階建ての家が2軒あり、その屋根の間に青空が覗きます。この景色は以前の家でもお馴染みの風景でした。
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「みやこ、ホラ虹だよ」ふと夫の声が…。遠い過去。あの時、屋根と屋根の間に綺麗な虹が掛っていました。私と母と夫が40年住んだ町のあの空。
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中秋の名月の頃には毎日のように夜空を見上げては母が言います。「みやこちゃん、ほら綺麗なお月さん!」母は月を観るのが大好きでした。もしかしてお月さんの中に母の大好きなおばあちゃんや、母の永遠の恋人だった父の顔が浮かんだのかも知れませんね。
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夏の午後、気の遠くなるような暑さに、大汗かいた私。洗濯物が揺れる、時々一陣の風も吹く。限りな青空を仰向けに眺めながら、「ああ~生きていて良かった」。私はその瞬間、心からそう思いました。
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※今日の写真は2014年の春から夏に撮ったものです。
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『マッチ売りの少女』 [夢半ば]

あれは昭和という時代、その頃の私は小学6年生。その年の秋に行われる学芸会は大隈講堂でした。私の通った小学校は3つ、文京区青柳小学校、新宿区早稲田小学校、そして4年から6年生までは新宿区立鶴巻小学校です。
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その鶴巻小学校をあと数か月で卒業する私はある日、学芸会でのクラスの出し物は『マッチの少女』、その主役に「都(ミヤコ)が選ばれたよ」と担任のN先生から聞かされました。
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皆さんよくご存じのアンデルセンの童話です。当時私の家は母と祖母、そして私の三人暮らし。働き手は母一人でしたから、決して裕福ではありません。そんな事情もあっての事か、マッチ売りの少女を演ずることになりました。
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しかしこんな印象的な事実なのに当日どんな風に踊ったのか、どんなセリフをいったのか覚えていません。だた大きな舞台で篭のようなものを手にして踊った気がします。当日の衣装は近所に住んでいた叔母が縫って呉れました。
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何故いまマッチ売りの少女なのか?自分でも不思議です。急に思い出したのです。そう言えば昼間祖母の事が話題になり、帰宅して祖母の好物の枝豆を供えました。おばあちゃん。17歳になったときお別れしましたね。今日のようにとても暑い日でした。
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悲しむ事も、怒ることも、喜ぶことも祖母は控えめでした。私は今年の誕生日が来ると、祖母の年齢を超える事になります。私が天国に行く時、祖母は私を迎えに来てくれるのでしょうか。幾つになっても人生はメルヘン!
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舞台わらし(その2) [夢半ば]

真夜中の音はなんとなく物悲しいものです。前の家では一人暮らしの恐ろしさにまんじりとしない夜を3年も過ごしました。しかし転居後はその怖さがなくなりました。
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しかし耳を澄ませて聞くとコトコト、ザワザワ、ミシミシ、その中に聞こえる筈ない囁きが聞こえてきます。もしや座敷童?? だったら嬉しいのですが。
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そういえば前にもちょっと書いた気がしますが、2012.06の頃です。埼玉の某劇場で私『舞台わらしに』に逢いました。その日は私にとっての『晴れ舞台』の筈でした。歌のテーマに合わせて真新しい衣装を身に着けて朝早くからその時間を待っていました。衣装は『小江戸桜』という私のデビュー曲に合わせて、黒地に桜の花びらのがちりばめられたとても豪華なものです。緊張したままで今か今かと出番を待っていました。
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ところが出場前にちょっとしたアクシデント。出場順の事で大ショックを受けた私。半泣きべそになっていました。というのはメインゲストのメジャー歌手さんの登場前に4名の地元歌手が歌うのですが、私が最初だという事にちょっと動揺したのです。後輩もいるのに…。そんな思い上がりだったのだと思います。
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ところが私のステージはいわゆる緞帳(どんちょう)上がり、という事になりました。初めての経験で大感激でした。
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その場面は、客席から見るとお辞儀をしている私がいて、その前を大きな緞帳がするすると上がって行く、そんな状態になります。私が正面を見るころには緞帳が上ってたくさんのライトが私の目に飛び込んできました。ステージは初めてではありませんが、あの大舞台で緞帳上りに歌えたことは格別の想いがありました。
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ところがその舞台で予期せぬ出来事が。歌い始めて丁度半ばの頃、何気なく左足を一歩引こうとした瞬間、信じられないことが起こったのです。飛んだのです、私の履いていた草履が。佐賀錦の鼻緒がついた草履が、目の前を飛んでいるではないですか。足から離れて頭の方へと。一瞬声にならない声を出したように記憶していますが…。そして気が付けばいつの間にか草履は再び私の足元に置いてあります。左足の前に戻っていたのです。勿論大勢のお客様もその様子を見ていました。その後、歌の続きを歌い終わって舞台の袖へと下がりました。
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後で聞いた話ですと、あの時私は何かに突き倒されるように前にのめってそのまま客席に倒れこみそうだったとか。客席の前の方々が舞台へ駆け寄ったそうです。しかし当の私には時間がとまり、上に飛んだ草履は勝手に戻ってきて、私は足の指だけで鼻緒に入れた、そんな風に感じていました。
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さてこの話を当日の主催者の女社長さんに話をしたところ「それは舞台わらしよ、古い舞台にはよくある事よ」と教えてくれました。すこしユーモラスですが、いま一人で思い出すと、ちょっと怖い気がしますが。でもまた今度、どこかの舞台でもう一度会ってみたい、そんな舞台わらしのお話でした。では皆様おやすみなさい。

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記憶の引き出し [夢半ば]

今年こそ自叙伝を書こうと思っていました。しかし直ぐにそれは無理だとつくづく感じました。
この長い人生の出来事を覚えているわけがない、そう思えるからです。しかし全てを忘れているわけではないので、飛び飛びの思い出を小さな『お話』に作り変えてみたいと思っています。
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私にも脳のどこかに記憶の引き出しがありますが、日常でもあまり整理整頓が得意でない私ですので悲喜こもごもの出来事を上手く引き出せるか心配です。さらに記憶力の低下は本当に驚くほど。最近は教室で使う課題曲にしてもどんどん出てくる新曲をマスターしきれません。なので最近流行りの昭和歌謡なども織り交ぜています。
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子供の頃の思い出では、屋根から滑り落ちそうになったこと。女学生の時は通学の電車で見かけた学生服の男の子。高校生になってマンドリンを習った事…。そんな切れ切れの思い出を果たして文章に作れるのかしら?
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残されたこれからの時間、多いのやら少ないのやら皆目見当が付きません。しかし何もしない日々は退屈で病気になりそうです。勿論『歌の先生』という仕事は毎日一懸命頑張っています。それとは別に自分の心の中にある最後の疑問(自分ってどんな人?とか 私の人生は幸せな方かしら?とか、何故?何故?)に答えを見つけたいからなのです。
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父や祖母や母や叔父や夫が次々と私の前から去って逝きました。私自身の番が来た時、いったい誰が悲しんでくれるのでしょうか? 片手で数えられる程だっていないのです。教室の生徒さんは一緒に長生きしましょう~、そう言って下さいます。本当に嬉しいです。しかし一人の女性として生きてきた人生の最後がこんなに寂しいなんで想像できませんでした。
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そんな事を想いながら今日もまたよく冷えた梅酒を飲んでいます。私がかつて作っていた梅酒はかなり甘かったのですが、このTさんから頂いた梅酒、それはそれはきりっとして最高です。それと器もいいのです。自営の時代,取引先(インテリアのお店)から頂いたとても綺麗なワイングラス、いつか何かの祝い事で使おうと思って仕舞っていたのですが、これを自分用にしました。

※今夜も写真は福三ちゃん、もう1年たつのにペットロスはまだまだ続いています。

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